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十字架のヨハネ(カトリック)

16世紀のスペインで活躍した十字架のヨハネ(カルメル会)は、中世カトリックの神秘主義の代表的な人物です。

彼は具体的な瞑想法を書いていませんが、黙想を行いながら神へと近づくプロセスについて表現していて興味深いので、紹介します。

具体的な祈り・瞑想の方法は、おそらく特定の聖句を唱えたり、特定の場面をイメージしたり、あるいは、頭を膝の間に入れた姿勢をとったり、という伝統的なものでしょう。

彼の方法は、まずは否定神学的なアプローチです。
つまり、感覚やイメージ、観念を否定していく方法です。
そのため、浄化のプロセスは「暗夜」のイメージで表現されます。

彼は心の働きを分類しています。
これを参考にすれば、実践的には、低い働きから順に、否定していくという方法が考えられます。

まず、五感である外的な、肉体的・感覚的な働きをなくします。
次に、想像力のような内的な、感覚的な働きもなくします。

次に、様々な霊的な働きもなくします。
最初は、イメージや観念のある霊的体験をなくします。
これには、「霊的視覚(見神体験)」、「啓示」、「霊的言語」、「霊的直観」があります。
いずれも、単に見える、聞こえるというより、魂に触れられるような体験です。

次に、イメージや観念を伴わない霊的体験です。
これらは「全体的・不明瞭な」体験であり、「受動的」、「平安」、「愛」といった言葉でも表現されます。

彼は、イメージや観念を伴った祈りである「瞑想(メディテーション)」と、それがない「黙想(コンテンプレーション)」を区別します。

次の段階は、神との合一の体験になりますが、ヨハネは否定神学の「否定」表現や「闇」のイメージではなく、「聖婚」のイメージ、恋愛神秘主義の表現をするようになります。

合一の体験は、花婿としてのキリストと、花嫁としての魂との結婚として表現されるのですが、実際の体験にはこのようなイメージも観念はありません。
また、この「合一」は、神と魂が完全に「融一・融合」するのではなく、あくまでも「結合」した状態です。

この合一体験は、神が「愛の生ける炎」として現れ、魂はそれを「鏡」として「照らし返し」、「輝きへと変容する」と表現されます。
結婚のイメージでは、「私(魂)の胸の中であなた(神)は目覚める」、「共に目覚める」、あるいは、神が「甘味な接触」を行う、「甘味な吐息」を吹きかけると表現されます。

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