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3つの道 (プラトン主義)

プラトン主義(プラトン哲学から中期プラトン主義、新プラトン主義への流れ)を中心とした古代哲学には、神秘主義的な側面が強くあります。
その認識や内面に関わる実践方法の多くは、広い意味で瞑想法と言えます。

例えば、2Cの中期プラトン主義者のアルビノスは、神の表現の方法を「3つの道」としてまとめました。
これは瞑想法にもなります。
「3つの道」はプラトンを源流にする一方、その後のキリスト教神秘主義やイスラム哲学にも影響を与えました。


プラトンは、中期の思想が最も神秘主義的です。
プラトン哲学は、霊的な本質の世界である「イデア界」を、その中でも最高の存在である「善のイデア」を認識することを目指しました。

イデアは物質世界のモデルとなる創造の原型のような存在で、直観的に認識される存在です。
プラトンの後期には、イデアを「抽象概念」のような存在と考えられるようになりますが、もともとは真・善・美のような倫理的カテゴリや、一性・同一性・他性などの数学的・論理的カテゴリなどの、抽象的で価値の根源となるような普遍的な存在です。
それを認識するのは、合理的な知性ではなく、直接的で直観的な知性です。
その認識方法は、古代哲学では一般的に「観照(テオリア)」と呼ばれました。

プラトンはイデアを認識する方法として、『国家篇』などで語られる「弁証法の道」、『饗宴篇』などで語られる「愛の道」、『ファイドン篇』などで語られる「死の道」を語りました。

「弁証法の道」は、まず現実世界を認識する際に、幻覚や錯覚をなくして、正しく現実に存在する個物を見つけます。
次にその個物の中に抽象的な原理であるイデアを認識します。
さらに、そこから感覚的・具体的な個物性をなくし、純粋なイデアそのものを見るようにします。
イデアの中にも存在としての階層性があります。
より高い価値の高いイデアを目指して上昇し、最終的にはすべてのイデアを成り立たせている最高のイデアである「善のイデア」を認識します。

次に、「愛(エロス)の道」では、地上の中にある「美のイデア」を媒介にして上昇する方法です。
「美のイデア」は、地上の中にあって天上的な性質を失わず、魂を上昇に駆り立てる存在だと言います。
人間の中にある霊的な魂である「ダイモン」が、もともといた霊的な世界に恋い焦がれるのが、この「愛(エロス)」です。
第一段階では、少年の肉体のような地上にある一つの肉体の美を認識します。
ギリシャの教養人の間では、生殖的な異性愛よりも、少年愛(男色)が好まれていて、それが観念化されていました。
これが「プラトニック・ラブ」の本来の意味です。
次に、一つの美しい肉体ではなく、すべての美しい肉体を認識します。
第二段階では、精神的な美を、さらには社会事業や法律などの中にある美を認識するようにします。
第三段階では、個々の美ではなく美の大海を認識するようにします。
最後の第四段階では、絶対美である「美のイデア」を認識します。
「美のイデア」は「善のイデア」の一側面であり、一体の存在です。

最後に、「死の道」は禁欲によって感覚的な欲望や肉体性を否定して、霊魂を浄化する道です。
これはオルペウス教団やピタゴラス教団直系の方法です。
この道は、自分の内面へと下降し、生まれる前にいた霊魂の世界、自分自身の本質を「想起」する方法です。


最初にも触れましたが、中期プラトン主義者のアルビノスは、「上昇の道」、「否定の道」、「類比の道」の3つの方法を提唱しました。
もともとは神を表現する方法論としてなのですが、これは必然的に瞑想的実践にも関わってきます。

「上昇の道」はプラトンの言う「弁証法の道」と似ています。
抽象性、普遍性の高い概念による肯定的な表現を拠り所にして、それを突き詰めていく方法です。
たとえば、「善」、「完全性」、「不動」などを瞑想しながら、より高い存在を目指します。
有神論的に言えば、神の属性を瞑想しながら、神そのものに近づく方法です。

次に、「否定の道」はプラトンの『パルメニデス篇』に基づく方法です。
ここでパルメニデスは、最高の存在である「一」は「語りえない」と言います。
中期のプラトン主義でも、最高の存在に関して、知性的な観照では捉えられないもの、「語りえぬもの」と考えるようになりました。
「否定の道」は「上昇の道」と反対に、最高存在に関して、すべての概念を排除していく方法です。
つまり、「善でもなく」、「無性質でもなく」、「動かしもせず、動かされもせず」…と否定をつなげながら、より高い究極の存在を目指します。
すると、霊魂が知的な「観照(テオリア)」の働きから突然の飛躍を起こし、究極の存在と「合一(エクスタシス)」するのです。
この「否定の道」は、後にキリスト教で「否定神学」と呼ばれるようになります。
インド的な方法とも類似していると思います。

「類比の道」は象徴を使って上昇する方法です。
例えば、至高の存在に「太陽」や「光」といったイメージ、象徴を通して近づきます。
この道は、概念や観念だけではなく、創造力や感性的なものも利用する方法です。
魔術的な方法であるとも言えますし、密教的な方法とも似ています。

ちなみに、新プラトン主義者のイアンブリコスは、人間の魂の中に神々が「象徴」として存在していて、それが神名や祈りによって喚起され、人間の魂を光に照らし、上方に引き上げて神々と合一させると考えて、魔術(降神術)を重視しました。

また、キリスト教徒の偽ディオニシオスは、アルビノスの3つの道をキリスト教化した「否定神学」、「肯定神学」、「象徴神学」という3つの方法を考えました。
 
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