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聚思惟

「聚思惟(思惟智・観察智)」は上座部仏教が行う「観」の瞑想法の一つです。
法を種類別で(カテゴリとして)思惟・観察して、それが無常・苦・無我であると理解する瞑想法です。

存在を分類してそれぞれの無常を認識していくという、部派仏教・上座部仏教の「観」の瞑想の特徴が良く表れていると思いますので紹介します。
上座部仏教の最大の聖典・瞑想指導書である『清浄道論』に記載された方法を中心に、簡単に説明します。

まず、修行体系の中での位置ですが、「止」に続いて行う「観」の瞑想で、その5段階ある中の3段階目の「道非道智見清浄」に当たります。
「観」の瞑想では、まず、法を識別し、次にその無常を理解し、そして、執着を離れます。

「聚思惟」を行う「道非道智見清浄」は、法の無常を理解する最初の段階です。
もう少し詳しく書けば、行法の三相(苦・無常・無我)を考察・観察して、「道諦」(何が修行の正しい道で何が間違っているか)を認識する段階です。
「道非道智見清浄」では、「聚思惟」、「生滅随観智」という2つの瞑想法を行い、「十観随染」という観の修習の際の誤解をもたらす障害を除きます。

「聚思惟」は法をカテゴリ別で考察・観察するというものですが、そのカテゴリ・セットには「名色」、「五蘊」、「十二処」、「十二縁起」、「十八界」などがあります。
それぞれのカテゴリ・セットのカテゴリごとに、例えば、「名色」の「色」は無常・苦・無我である…と考察・観察します。
しかし、ただカテゴリごとに考察するといっても具体性に乏しいと難しいので、様々な観点から考察・観察します。

『清浄道論』では、「五蘊」と「名色」の考察・観察の仕方が説明されています。
「五蘊」というのは、肉体(感覚器官)・感覚・イメージ・連想(感情)・思考という5つ認識の段階のことです。
「名色」というのは、心と物質の2つです。

三相については、それぞれが、消滅するものであるがゆえに「無常」であり、それが執着を生み出す恐怖すべきものであるがゆえに「苦」であり、本質がないがゆえに「無我」であると考察・観察します。

「五蘊」に関しては、「過去」、「現在」、「未来」、「内」、「外」、「粗大」、「微細」、「下劣」、「精妙」、「遠」、「近」の11の観点から考察します。

また別の方法としては「無常」、「苦」、「病」、「腫物」、「矢」…「雑染法」などの40の観点、から考察します。
40の観点のうち、「無常」に関するものが10、「苦」に関するものが25、「無我」に関するものが5です。

つまり、例えば、「肉体(感覚器官)」は、「過去」において消滅するものであったがゆえに「無常」であり、それが執着を生み出す恐怖すべきものであったがゆえに「苦」であり、本質がなかったがゆえに「無我」である…
といった具合に、「5つの蘊」×「11(40)の観点」×「3つの性質」を、順次に考察していきます。

また、「名色」については、「色(物質)」は「行為」、「心」、「食」、「季節」の4つを原因とした生成を認識します。
「名(心)」については81種類の心の生成を認識します。
そうしながら、無常、苦、無我を考察・観察します。

また別の方法では、「色」を「集合」、「対」、「瞬間」、「次第次第」、「見解の撤去」、「高慢の根絶」、「欲念を取り払い」の7つの観点から考察・観察します。
「名」は「生死」、「成長と老衰」、「食」、「季節」、「行為」、「心」、「法」の7つの観点から考察・観察します。


以上は『清浄道論』の方法ですが、「観点」に関しては、現代人にとって身近で分かりやすいものに置き換えてもいいと思います。
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