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ズィクルによる観想

イスラム教系の神秘主義であるスーフィズムで行われる念誦であるズィクルの修行を紹介しましょう。
これを行なうと、意識が変容するに従って決まったパターンのヴィジョンを見るといいます。
これは意識的に観想するのではなくて、自然に現れるものだと言います。
しかし、意識の変容をコントロールし、あらかじめ目標となるヴィジョンについての認識を持っていないと、そうはならないので、夢見というより、受動的な観想法だと言えると思います。

ズィクルは「ラー・イラーハ・イッラッラー(神はいない、アッラーの他には)」という言葉を唱え続けます。
そのうちに深層的な意識が開かれ、真の自分に出会うという修行です。

まず初めに、自分が薄暗く汚い動物小屋にいると考えます。
これは自分が物質的なものに捕らわれていることを現す比喩的なイメージで、内的はヴィジョンではありません。
しかし、修行によって徐々に深層が開かれるに従って、元型的なイメージが現れてきます。

最初に、自分は深い真っ暗な井戸に落ち込んでいます。
闇の中でチラッチラッと妖しげな魔的な赤い光が閃きます。
これは犬の姿をとることもあります。
全身は鉛のような重圧に圧迫されています。時々、青い光が見えます。
この青い色は心の欲望の現れです。

もう少し修行が進むと、穴の底を満たしている暗闇が凝固して黒雲になります。
やがて、雲の切れ目から月が現れます。
黒雲が変化して、白い層雲になります。

やがて深紅の太陽が自分の右の頬から昇り、その太陽を自分の目で見ます。
この時、自分は井戸の穴の出口まで来ています。

穴をいっぱいに満たしている暗い霧のまん中に、美しい緑の火が見えてきます。
(スーフィズムでは緑は最高の色で、全宇宙の中心をなす巨大なエメラルドから緑の光が出て来ると考えられているのです。)
この緑の光に導かれて、とうとう穴の外に出ます。

目の前に泉のように光を発散する磨きあげられた鏡のような円が現れます。
この光は目と鼻の間から自分が発していることに気づきます。
光の円は自分の顔を包こんでしまいます。

顔のまん中に光を発している別の顔が現れます。
この光の薄い垂れ幕の向こうに、輝く太陽が見えます。
目の前に光を発する光の人が現れます。
自分自身も光を発しています。

この光の人こそ本来の自分であって、これが神と1対1のコミュニケーションを行ないます。

ズィクルのエネルギーは修行者の右のわき腹に小さな穴を空け、そこから光となって流出します。
この穴は修行者の意識に沿って体を移動して、最後に背中に来ます。
最後に、意識はこの穴を通って体から抜け出し、神の空間にまで上昇します。

そして最終的には意識は神の自己顕現そのものとなり、神と一体化するのです。

 
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