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バクティ・ヨガ

「バクティ・ヨガ」は、神への“絶対的”な「信愛」、「帰依」、「献身」を通して、神と一体化する方法です。
日常の心得でもあり、儀式的行為(プージャ:供養)でもあり、瞑想法(サーダナ:成就法)でもあります。

「バクティ・ヨガ」では、“常に”、“神だけ”を思い、愛することによって、神以外のものへの執着、感覚的なものへの執着を放棄します。

信愛の対象となる神は様々です。
究極の神は、いかなる人格も形象も超えていますが、「バクティ・ヨガ」では、何からの人格や形象、属性を持った神を対象とするのが一般的です。
一般には、イーシュヴァラ(自在神、主宰神:世界を創造し・主宰する神)を対象とします。

『パガヴァッド・ギータ』ではイーシュヴァラとその化身であるクリシュナ神への「バクティ」が語られ、後の「バクティ・ヨガ」につながっていきます。

礼拝や集中、観想の具体的な対象としては、最初は、特定の自然(太陽、川など)、シンボル(シヴァリンガなど)、神像や神の絵などです。
グルを対象とすることもあります。
やがて、宇宙全体が神の現れなので、最終的には、あらゆる自然に神を見ることができます。
また、形象を持たない神を対象とすることも可能です。

具体的な方法としては、神に供え物をしたり、礼拝したり、神の名前やマントラと唱えたり、観想(ありありとイメージ)したりします。
熱心にそうしているうちに、見神体験、つまり、意図せずに神が姿を持って現前に現れるのを体験します。
そして、神との一体感を感じます。

ヴィシュヌ派では、神との関係の深まりを5段階で考えます。
最初は、人間的関係を築く以前のあり方です。
2番目が「主従関係」、つまり、神を主人のように見る関係です。
3番目が「友人関係」、つまり、神を友のように見る関係です。
4番目が「親子関係」、つまり、神を親のように見る関係です。
最後が、「恋人関係」、つまり、神を恋人のように見る関係です。
さらにそれが深まると、神と一体化します。
最終的に無形の人格神となります。

19C~20Cの聖者であるラーマクリシュナは、女神カーリーへのバクティ・ヨガで有名ですが、彼は、人間は神の化身であるとして、人間に仕えることを説きました。
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