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ディヤーナ・ヨガ

「ディヤーナ・ヨガ」はハタ・ヨガの経典「ゲーランダ・サンヒター」に書かれた行法です。
これは観想法なのですが、ハタ・ヨガでは観想法は少なく、珍しいものです。

「ディヤーナ」と言うと、古典ヨガでは第7支の「静慮」に当たります。
しかし、「ゲーランダ・サンヒター」の「ディヤーナ・ヨガ」は、「静慮」の要素もあるでしょうが、第8支の「三昧(サマディー)」、ハタ・ヨガで言う「ラージャ・ヨガ」にまで至る当たる行法だと思います。

「ディヤーナ・ヨガ」は、「粗大な観想」、「光明観想」、「微細な観想」という3段階の観想法で構成されています。

「粗大な観想」では、次のように観想します。

「心臓の中に甘露海を観想する。
大海の中に宝石の島があり後期な宝石の砂からできている。
島の四方には美しい花をつけた木々が生い茂り、花の香が立ち込めている。
花園の中央には魅惑的なカルパ樹があり、4ヴェーダを象徴する四本の枝が生えている。
そこに大きな宝石づくりの堂宇があり、守護神が座している。
この守護神の姿を思い描く。」

「光明観想」は、次のように観想します。

「ムーラダーラにクンダリニーがいる。
そこにアートマンが灯明の炎のような姿で立っている。
これを光明体なるブラフマンとして観想する。
眉間の中央、マナスの上に聖音オームより成る光がある。
この炎を観想する。」

「微細な観想」は、シャーンバヴィー・ムドラー(心をチャクラに置き、視線を外に向けまばたきしない)を行いながら観想します。

「クンダリニーがアートマンと一体となって、眼の穴から出て、王道を散歩する。
動きが速いので眼には見えない。」

以上のようにだけ記されているのですが、よく理解できません。
これは観想というより、一種の霊体離脱のように思えます。
「王道を散歩する」というのは何らかの比喩的表現かもしれません。
 
 
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