スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

阿字観(真言宗)

「阿字観」は真言宗の代表的な瞑想法で、最終的には解脱を目標としたものです。
元々は『大日経』に由来する瞑想法ですが、根本経典には具体的な記述はなく、細かい部分に関しては、一部の口伝や中国で書かれたものを基に、日本で独自に作られた瞑想法のようです。

「阿字観」にも様々な方法がありますが、一般に、弘法大師空海に由来するとされる古法(『阿字觀用心口決大師御伝』に基づく)と、興教大師覚鑁による現法(『阿字観』、『阿字観儀』に基づく)の2種類で考えられています。

また、胎蔵界に基づくものと、金剛界に基づくものの2種類に分けることもできます。
「阿字観」では八葉の蓮華と月輪と阿字(अ)を観想しますが、胎蔵界流では蓮華の上に月輪と(白い)阿字を観想し、金剛界流では月輪の中に蓮華と(金色の)阿字を観想するとされます。
ですが、一般には後者の方が良く使われているようです。

いずれの「阿字観」も、それだけではなく、前後に様々な瞑想法を組み合わせて、次第化されています。
詳しく説明しませんが、前後に行われる瞑想法には、「護身法」、「発菩提心(印言)」、「三昧耶戒(印言)」、「五大願(結印)」、「仏眼仏母(印言)」、「普供養(印言)」、「三力祈願」などがあります。

また、「阿字観」自体も、呼吸を数える「数息観」、呼吸に阿字を観想し唱える「阿息観」、月輪を観想し入我我入・広観斂観を行う「月輪観」などの要素が結びついて構成されています。

真言宗では、「阿字」は、大日如来の種子・真言とされ、その本質を「本不生」、つまり、生まれも滅しもしない、本来のあるがままの姿である、とします。
『阿字觀用心口決大師御伝』では、「月輪」は「阿字」の光であり、清浄な心そのもの、「蓮華」は心臓(のチャクラ)の象徴と解釈します。

『阿字観儀』に基づく「阿字観」の核の部分を紹介します。

まず、金剛界流で、蓮華上の金色の阿字を30cmほどの月輪の中に描いた図を目の前に飾ります。
一般に半跏坐あるいは結跏趺坐で座り、法界定印(両手のひら上向きに重ねて両親指の先をくっつける)を組んで、目は鼻端に定め、数息観で呼吸を数えて心を集中させます。

そして、目を開いては図を見つめて集中し、目を閉じては同じものを観想することを繰り返します。
また、自分の胸にも同じ月輪や阿字を観想します。
一般に、月輪は球形で、阿字は一つではなく回り四方にもあると観想する場合もあります。

こうして、自分の心を月輪と阿字に一体化させます。
阿字は本不生であり、世界のすべてがそれと同一であると考えます。

次に、自分の呼気と共に阿字が外で出ていき、人々を救済し、また人々の呼気となって出ては自分の吸気として入り自分を救います。
また、仏の呼気からも阿字が出て自分自身の心=月輪に入ってくると観想します。

また、呼吸と共に、阿字が出入りすると観想し、「アーア―」と唱えます。(阿息観)
目を開いては、図の阿字が自分の心臓の月輪に入ってくると観想します。
そして、世界のすべてが阿字であると考えます。

そして、阿字は月輪の種子であり、月輪は阿字の光である、月輪の光は清浄であり、煩悩は浄化されて解脱できる、と考えます。

また、観想している月輪を徐々に広げて、世界中に行き渡るようにします。(広観)
この時、観想したものすべてを忘れて、無概念、無イメージの状態になります。

その後、阿字を縮めて自分の胸に戻します。(斂観)
そして、人々を救うために瞑想を終えます。

スポンサーサイト

五相成身観

「五相成身観」は、密教を初めて本格的に体系化した中期密教(ヨガ・タントラ)の経典『金剛頂経』に由来する観想法です。
『金剛頂経』は日本では真言宗の根本経典の一つです。

従来の仏教では、釈迦は「観」の瞑想によって真理を直観的に認識することで悟り、その内容を十二縁起や四諦として論理化した、とされてきました。

しかし、『金剛頂経』は、象徴的な観想法・マントラを中心にした瞑想法の「五相成身観」によって釈迦が悟り、その内容をマンダラとして表現されるという展開になっています。

もう少し具体的に書けば、釈迦(悟る前の名前としては「一切義成就菩薩」)が「アースパーナカ・サマディ(不動三昧:無念無想無呼吸の三昧)」に入っていましたが、それでは悟れなかったところ、一切如来が現れて5段階の観想法を指導して、悟ことができました。

厳密には、「五相成身観」は経典で書かれる瞑想法そのものというより、それを再現する形で行うものでしょう。
「五相成身観」の瞑想法は、『金剛頂経』に書かれたものだけではなく、その後に、様々な方法が付け加えられていきました。

==

では、具体的に説明します。

1 「通達菩提心」

・「オーム、我は心を洞察する」というマントラとともに、自らの心を観察する

『金剛頂経』では、これによって、心に月輪のようなものが出現したと書かれていますが、瞑想法としては、意図的に心臓の上に月輪のようなものを観想します。

月輪は心の本質の象徴ですが、この段階では汚れがあって、完全に清浄ではありません。

『金剛頂経』には記載がありませんが、「やや闇に包まれた月輪」の中に黒い阿字を観想したり、「月輪のようなもの」の中に「月輪そのもの」を観想する方法もあります。


2 「修菩提心」

・「オーム、我は菩提心(悟りを求める心)を発す」というマントラとともに、清浄な心を増大させる

『金剛頂経』では、これによって、月輪のようなものは月輪そのものなったと書かれていますが、瞑想法としては、意図的にそのように観想します。

『金剛頂経』には記載がありませんが、月輪の闇を払って月輪そのものとしてその中に金色の阿字を観想したり、「月輪のようなもの」の中の「月輪そのもの」が拡大すると観想する方法もあります。


3 「成金剛心」

・「オーム、金剛よ立ち上がれ」というマントラとともに、月輪上に金剛杵を観想し、(すべての如来と普賢菩薩の)菩提心を確かなものにする

『金剛頂経』では、これによって、月輪の上に、金剛杵が出現したと書かれていますが、瞑想法としては、意図的にそのように観想します。

金剛や金剛杵は悟りの象徴です。

また、『金剛頂経』にはありませんが、「オーム、広がれ金剛、縮まれ金剛」とマントラを唱えて、金剛杵を宇宙大に拡大させ(広観)、その後に収斂する(斂観)という方法もあります。
あるいは、最初に月輪そのものを拡大、縮小させてから、その中の阿字を金剛杵に変える方法もあります。


4 「証金剛身」

・「オーム、我は金剛を本質とする者なり」というマントラとともに、(すべての如来と普賢菩薩の)菩提心である金剛杵を堅固にする

『金剛頂経』では、これによって、宇宙に遍満するすべての如来が、金剛杵の中に入り灌頂を与えたと書かれていますが、瞑想法としては、意図的にそのように観想します。

「灌頂」というのは、密教の修行者として霊的な世界に参入することを認める入門と浄化の儀式です。


5 「仏身円満」

・「オーム、すべての如来があるが如く、我もあり」というマントラとともに、自身を如来の姿として観想する

『金剛頂経』では、これによって自分が如来であると悟り、その悟りを確かなものにしてもらうために、すべての如来に加持を祈願すると、すべての如来が金剛杵の中に入った、と書かれていますが、瞑想法としては、意図的にそのように観想します。

「加持」というのは、霊的な力を注ぐことです。

以上のプロセスで、釈迦は成仏します。
そして、金剛摩尼宝峯楼閣で四仏をともなう毘盧遮那仏となり、さらに、金剛界曼荼羅の諸尊格を出生します。

==

後期密教になると、「五相成身観」は「生起次第」として発展しました。

5つの段階は仏の報身の誕生のプロセスであるとして、人間の受胎から出産までのプロセスと結びつけて解釈され、観想されるようになります。

『秘密相経』では、「月輪のようなもの」の中に16の母音の種子を、「月輪そのもの」の中に34の子音の種子を布置する観想を行うようになります。
また、『へーヴァジュラ・タントラ』では、「月輪のようなもの」は「月輪」に、「月輪そのもの」は「日輪」に変わり、後者の中の子音の種子は40になります。
つまり、最初の2段階が男性原理と女性原理と考えられるようになっています。

また、5つの段階は、「大円鏡智」→「平等性智」→「妙観察智」→「成所作智」→「清浄法界智」というように、五智とも対応づけられるようになりました。


プロフィール

morfo

Author:morfo
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
リンク
QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。