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ヴィギャン・バイラヴ・タントラ

『ヴィギャン・バイラヴ・タントラ』は、日常的な意識を超越するための112の方法を、シヴァがその伴侶のデヴィに語る形で、詩文の表現で述べた聖典です。

禅を修行したアメリカ人ポール・レップスによって西洋世界に紹介され、バグワン・シュリ・ラジニーシ、一部のグルジェフの弟子達によって、評価されて有名になりました。
ヒンドゥー教のタントラ系と思われる聖典ですが、制作年代など詳細は知りません。

内容は、基本的にはタントラ(&後期密教)や古典的な瞑想法やゾクチェンと同じタイプのものです。
方法や表現などが面白いと思えるものもありますので、112の方法の中から、テーマごとに抜き出して紹介します。


<空白の瞬間>

83. 「欲求の生じる前、認識の生じる前、私は在ると言えるだろうか? これに注意を向け、美しいもののなかに融け入りなさい」
28 「自分の力または知識が徐々に失われていくのを想像しなさい。すべてが失われる瞬間に、超えなさい」
55 「眠りに入る瞬間、眠りはまだ訪れていないが外界への覚醒は失われたとき、その瞬間に存在が見いだされる」

心の要素が現れる前、消滅した後、要素と要素の隙間を意識することは、ゾクチェン他でも行われます。


<青空>

33  「ただ雲の彼方の青空を見つめ、平穏を知る」
73 「夏空が見渡すかぎり晴れ上がっている時、その澄み切った中に入っていきなさい」

青空の瞑想はゾクチェンやアボリジニーも行います。


<闇>

35 「深い井戸の縁からその深みをじっとのぞきこみなさい、驚くべきことが起きるまで」
76 「雨の降る闇夜、あらゆる体(形)の母体としての、その闇の中に入っていきなさい」
77 「月のない闇夜でないなら、目を閉じて眼の前に暗闇を見つけなさい。目を開けた時、暗闇を見なさい。永遠に過ちが消滅するように」


<空なる体>

93 「あなたの現在の体のどこかの部分を、無限の空間として考えなさい」
109 「あなたの受動的な体を皮膚に包まれた空っぽの部屋と見なしなさい 。空っぽであると」

後期密教でも、気のコントロールを行う瞑想に入る際に、似た瞑想を行います。


<立ち上がりの瞬間>

25 「何かをしたいという衝動を覚えた瞬間、そこに留まりなさい」
26 「何らかの欲望が訪れたとき、それに注意を向けなさい。そして突然、それを忘れなさい」
103 「欲望の生まれる最初の瞬間、認識の生まれる瞬間に全面的な注意を向け、知りなさい」

認識や欲望の立ち上がりの瞬間を意識することは、ゾクチェンや一部の禅でも行います。
生成変化そのものを肯定し、それが固定化されることを否定する思想です。


<エネルギー>

49 「感覚が木の葉のように震わされる抱擁の中、この震えの中に入りなさい」
57 「激しい欲望の最中に、平穏でいなさい」
67 「ここは変化、変化、変化の空間だ。変化によって変化を消尽しなさい」

感覚を活性化させるタントラの特長的な思想です。


<五色>

13 「無限の空間の中、孔雀の尾の五色の輪が、あなたの五感になったと想像しなさい。そしてその美しさを内側に溶かしなさい…」

感覚を根源的な五色、五元素に還元し、活性化するのは、密教やゾクチェンにもある方法です。


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ヤントラ瞑想法(チャクラ・プージャー)

一般に、「ヤントラ」というのは、ヒンドゥー教の祭儀や瞑想で使われる幾何学的な図形です。
機能は仏教の「マンダラ」とほぼ同じです。

「マンダラ」は尊格のイメージが重視されることが多いのに対して、「ヤントラ」は尊格のイメージが描かれることは少なく、三角、円、点などの幾何学的な図形が中心になっていて、そこにマントラ(文字)が描かれることもあります。

多数の種類の「ヤントラ」がありますが、代表的なものには「シュリー・ヤントラ」、「ガーヤトリー・ヤントラ」、「マートリカー・チャクラ・ヤントラ」などがあります。

「マンダラ」同様、「ヤントラ」は祭儀においては、一種の祭壇となり、そこに神々を招き(勧請し)ます。

また、「マンダラ」同様、「ヤントラ」は一種の宇宙図です。
中心の点は、至高神、意識の根源を意味し、周辺に向かうに従って物質世界となります。
中心へ向かう動きは根源への帰還であり、周辺へ向かう動きは宇宙創造です。

一般に、ヤントラはマンダラ同様、中世以降ののタントラの伝統で使われます。
タントラでは、宇宙は様々な振動数(次元)の波動だと考えます。
特定の波動は特定の形を取ります。
マントラはそれぞれが元型的な波動であり、特定の傾向を持つ創造力であす。
マントラを唱えることで、意識の振動数を上げて根源に向けて上昇すると共に、創造力を活性化させることができます。
ヤントラでは中心が高い振動数の波動であり、周辺が低い振動数の波動です。

「シュリー・ヤントラ」に代表されるように、多くのヤントラには、多数の上向きの三角と、下向きの三角が組み合わさっています。
上向きの三角はシヴァ、プルシャなどの男性原理を、下向きの三角はシャクティ、プラクリティなどの女性原理を象徴します。


ここでは、女神を主神とするタントラのシャークタ派に属するシュリー・ヴィディヤー派で行われる、ヤントラを使った「チャクラ・プージャー」という瞑想法を紹介します。
12Cの聖典『ヨーギニーダヤ』を元に、その概要を説明します。

この瞑想法は、女神を招き・供養する日常的な儀礼を、内面的に解釈して解脱を目的とする修行的な瞑想法にしたものです。
儀式において神を勧請する(招く)行為は、瞑想においては神の観想となります。
神を供養する(一般に飲食物を捧げる)行為は、瞑想においてはマントラとムドラーの実践となります。

「チャクラ・プージャー」で使われるのは「シュリー・チャクラ(シュリー・ヤントラ)」というヤントラです。
「シュリー・チャクラ」は、同心円状に9の部分(=チャクラ)から成ります。
これは宇宙論的な階層でもあり、そこに勧請する(それぞれに対応する)神格も階層的です。

瞑想では、最高女神「トリプラスンダリー」とその他の女神たちなどを、外から順に観想します。
階層の低い女神から、根源である最高女神(シャクティ、プラクリティ)へと帰滅することが解脱となります。

9のチャクラは、外から、3重線、16弁の蓮華、8弁の蓮華、14個の三角形、10個の三角形、10個の三角形、8個の三角形、中央の三角形、中央の点から成ります。
花弁や三角形には、それぞれに女神たちなどが勧請(観想)されます。

ヤントラに招かれ、観想される女神は大きく2つに分かれます。
「主宰女神」と、「アーヴァラナデーヴァター」と呼ばれる「従属神群」です。
9つのチャクラそれぞれにおいて、両者の神を観想・供養します。
「主宰女神」はマントラとムドラーで供養し、「従属神群」はマントラだけで供養します。
マントラとムドラーは各女神に固有のものです。

9つのチャクラで観想・供養される「主宰女神」は、それぞれ別の女神ですが、すべて「トリプラ」で始まる名前なので、実際は最高女神「トリプラスンダリー」の化身です。

「従属女神群」は、最も外側のチャクラでは、8母神(ブラーフミーなどのマートリカー)を観想・マントラ供養します。
2つ目から7つ目までは、花弁と三角形の数に相当する女神を観想・マントラ供養します。
その7つ目の8人の女神(ヴァシニー女神など)は、最高女神の守護者的意味を持つ女神です。

8つ目の中央の三角形では、3人の女神(カーメーシュヴァリー女神など)を観想・マントラ供養します。
9つ目の中央の点では、最高女神を観想・マントラ供養します。
8つ目、9つ目の4人の女神は、4つの聖地を結び付けられています。

また、これ以外にも、最も外側のチャクラでは、10のシッディ女神(超能力に関わる女神)を観想・マントラ供養します。
7つ目のチャクラでは、9人の師(天界・成就者・人間の3種に属する)の供養をします。
8つ目のチャクラでは、4つの武器(索縄・鉤棒・弓・矢)の供養をします。


yantora.jpg

シュリー・チャクラ

マントラ・ヨガ(ジャパ・ヨガ)

「マントラ・ヨガ」というのは、マントラ(真言、祈りの言葉、神やグルの名前や帰依、呼びかけの言葉)を繰り返し唱えて集中し、特定の精神状態などに至ることを目的とした修行法です。

「マントラ・ヨガ」は「ジャパ・ヨガ」とも呼ばれ、この名の場合、数珠を使って唱えた回数を数えながら行います。
数珠は、108の珠があり、数珠が他人から見えないように、右手の中指と親指を使って珠を送ります。

また、楽器を使い、繰り返し歌いながら唱える場合は、「キールタン」と呼ばれます。

「マントラ・ヨガ」、「ジャパ・ヨガ」は、一般に他のヨガと併用されます。
バクティ・ヨガとの併用では、その神に帰依し、一体化を目指します。
ハタ・ヨガとの併用では、特定の部位への集中や、プラーナのコントロール、チャクラの活性化などを目指します。

マントラは、必ずしも音に出して唱えるだけではなく、音にならない内的な言葉で唱えることもあります。

タントラの世界観では、世界は様々な振動数の違う(次元の違う)波動です。
マントラは、高次な次元の波動、あるいは、高次な次元に上昇するための波動です。

マントラには大きく分けて2種類があります。
一つは、グルが個別に直接、弟子に与える秘密のマントラである「ディークシャー・マントラ」です。
もう一つは、聖典に乗っているような伝統的なマントラで「ヴェーダ・マントラ」などを呼ばれます。

代表的な「ヴェーダ・マントラ」には、「オーム」、「シャーンティ・マントラ」(ヨガの練習を始める前に良く唱えられるマントラ)、「ガーヤトリー・マントラ」(暁の神サヴィトリの賛歌)などがあります。

他にも、『ウパニシャッド』に記載されている、「オーム・ソーハム(それ(ブラフマン)は我である)」、「オーム・アハン・アスミ(我はブラフマンである)」や、「オーム・ナマハ・シヴァーヤ(シヴァ神に礼拝します)」、「オーム・ナモー・ナーラーヤナーヤ(ナーラーヤナ(ヴィシュヌ)神に礼拝します)」などがあります。

ハタ・ヨガ(ナータ派ヨガ)とは

「ハタ・ヨガ」は、アウトカーストやシュードラの文化をベースにした中世の宗教思想運動の「タントラ」から生まれた、力動的なヨガです。

『ヨガ・スートラ』に代表される「古典ヨガ」が、心身の働きを順次止滅させていくことを目的とするのに対して、「ハタ・ヨガ」は身体を利用した方法によって、心身の止滅と再活性化を目的とする傾向があります。
「ハタ・ヨガ」では、身体を神の神殿であり宇宙や神々と照応すると考え、プラーナのコントロール、象徴や観想、マントラを利用し、現世的なものに対して肯定的な思想です。

現在、一般に世界で行われている「ハタ・ヨガ」は、アイアンガーやパタビ・ジョイス流のもので、『ヨガ・スートラ』を重視した、かなりバラモン的に解釈されたものだと思います。
この項では、中世からの本来の「ハタ・ヨガ」であるナータ派の「ハタ・ヨガ」の全体像、本来の姿を、概論的に、推測も含めて紹介します。


ハタ・ヨガを大成したのは、12Cのナータ派のゴーラクシャナータです。
彼はアウトカースト、もしくは低カーストのタントリストでしょう。
実は、最初にアウトカーストの宗教を取り入れてタントラを生み出したのも、「ハタ・ヨガ」という言葉を最初に使ったのも、仏教です。
ゴーラクシャナータは金剛乗のタントラ仏教徒でもあって、タントラ(ハタ・ヨガ)をシヴァ派に取り入れたのです。

ハタ・ヨガの現存する最古の経典はナータ派のゴーラクシャによる『ゴーラクシャ・シャタカ』です。
ハタ・ヨガの代表的な経典は、ナータ派のハタ・ヨガを解釈して16~17世紀頃に書かれた『ハタ・ヨガ・プラディーピカー』があります。
他の代表的な経典には『ゲーランダ・サンヒター』、『シヴァ・サンヒター』などがあります。

哲学的には、「古典ヨガ」がサーンキヤ哲学に基づくのに対して、ナータ派のハタ・ヨガは、シヴァ教パーシュパタ派と密教の影響を受けています。
その後、ハタ・ヨガに限らずですが、タントラ派の哲学は、サーンキヤ哲学の25原理の上にシヴァやシャクティなどの原理を置きつつ、ヴェーダーンタ哲学の影響を受けたものになります。

『ハタ・ヨガ・プラディーピカー』などにはハタ・ヨガは「ラージャ・ヨガ」へ至るステップであると記載されています。
この場合の「ラージャ・ヨガ」とは、アートマン=ブラフマンの体験に導くサマディの瞑想法の段階に当たりますが、その方法はハタ・ヨガ系経典に独特のものです。
ですから、実際には、「ラージャ・ヨガ」は「ハタ・ヨガ」の最終的な段階で、両者は一体のものと言ってもよいでしょう。


ハタ・ヨガの諸経典は、『ヨガ・スートラ』の8支則の影響を受けていますが、本来的にはそれを前提とはしません。
また、8支則を立てても、別の解釈をしたり、独特の方法を使ったりします。

『ヨガ・スートラ』の第1支の「ヤマ(禁戒)」、第2支の「ニヤマ(勧戒)」は必ずしも説かれません。
『ゴーラクシャ・シャタカ』にも、『ハタ・ヨガ・プラディーピカー』にも主要な支としては立てません。
『ハタ・ヨガ・プラディーピカー』には「戒律にこだわらないように」という記載もあります。
それが常識的な禁欲や清浄さにこだわらないタントラの特徴だとも言えるかもしれません。

そのかわりに、『ゲーランダ・サンヒター』では、浣腸・洗浄などによって肉体を清掃する6つの「カルマ(浄化の作法)」を立てます。

『ヨガ・スートラ』では「アーサナ(座法)」は単に楽に座るということにすぎなかったのに対して、多数の方法がある程度具体的に書かれています。
個々の「アーサナ」は、プラーナや心のコントロールにつながります。
「アーサナ」に集中することは、同時に後の支則、特に、「プラティヤーハーラ(制感)」を行うことにもなります。

『ヨガ・スートラ』では、「プラーナーヤーマ(調気法)」は、緩やかな自然な呼吸、あるいは、通常の呼吸を止めること(クンバカ)を目的として、簡単に記載されているにすぎなかったのに対して、多数の方法がある程度具体的に書かれています。
「プラーナーヤーマ」の目的は、プラーナのコントロールです。

また、『ヨガ・スートラ』では言及されなかった「ムドラー」や「バンダ」が重視されます。
ハタ・ヨガ系経典では「ムドラー」は支則(主要な要素)として立てられることが多く、「バンダ」はその中で説明されます。
「バンダ」は、身体の特定の部分の締め付け(脈管を閉じる)によって、プラーナをコントロールする技法です。
「ムドラー」は、「アーサナ」や「プラーナーヤーマ」、「バンダ」などを組み合わせて総合的にプラーナをコントロールする(閉じ込めるなど)方法です。

ハタ・ヨガにおいては、プラーナのコントロールは、核心的な意味を持ちます。
「クンバカ」を含む「プラーナーヤーマ」、「バンダ」を含む「ムドラー」は、プラーナをコントロールする方法ですが、プラーナのコントロールは、同時に心のコントロールでもあり、同時に瞑想段階の支則を行うことにもなります。

ハタ・ヨガはタントラ独自の、プラーナの次元における身体構造(霊的生理学)を前提としています。
3つの主要な脈管(ナーディ)、7つの主要なチャクラ、3つの結節(グランディ)などです。
ハタ・ヨガの行法上の最大の特徴は、「クンダリニー」を頭頂のチャクラまで上昇させること、頭部から「アムリタ」を垂らすことなどを核心としていることです。

『ヨガ・スートラ』の瞑想に当たる「ダラーナ(凝念)」、「ディヤーナ(静慮)」、「サマディ(三昧)」の段階も、プラーナのコントロール(クンダリニーの上昇)によって行ったり、特定のアーサナや特定の場所への集中、観想、秘音への集中など、ハタ・ヨガ独特の方法によって行います。

例えば、「クンバカ」によるプラーナへの集中は「ダラーナ」となります。
「ムドラー」の実践は、その集中を持続させて「ディヤーナ」となります。
秘音への集中は「サマディ」に導きます。

また、ハタ・ヨガでは、「クンバカ」の持続時間を、「プラティヤーハーラ」から「サマディ」までと、対応させて区別します。

これらの段階の支則としては、『ハタ・ヨガ・プラディーピカー』は「ラージャ・ヨガ」を、『ゲーランダ・サンヒター』は「ディヤーナ(観想法)」、「サマディ」を立てます。


『ハタ・ヨガ・プラディーピカー』などのハタ・ヨガの主要経典に記載されている個々の瞑想法に関しては、他の項で説明しています。
しかし、ハタ・ヨガの諸経典は時代を経るごとに変化していて、本来のナータ派のハタ・ヨガとは変化しているようです。
本来のものがどのようなものであるかは、はっきりとは分かりませんが、『ハタ・ヨガ・プラディーピカー』などの後世の主要経典や、アイアンガーらの「近代ハタ・ヨガ」にはあまりない、タントラ的なヨガの特徴を、次に挙げてみます。

霊的生理学に関して、後世の理論とは異なる部分があります。

チャクラは7つではなく多数あり、頭頂のサハスラーラ・チャクラの上の頭上にも6つあります。
アムリタは、後世の経典などではサハスラーラや眉間のアジナー・チャクラの少し上のチャンドラから垂れるとしますが、そうではなく、チャンドラの少し上にあるアムリタ・チャクラから垂れるとされます。

クンダリニーは、会陰部ではなく、臍下のチャクラのところにあり、8重のとぐろを巻いているとされ、それ自身がスシュムナーを上昇するのではなく、プラーナを加熱します。
これは後期密教の「チャンダリーの火」とほぼ同で、これが本来の説だったのでしょう。

また、個々のアーサナごとに、特定の部位、チャクラや「マルマ」と呼ばれる場所への集中を行って、プラーナの操作・集中をします。

そして、アーサナごとに、特定の観想やマントラを利用します。
これは、特定のプラーナのコントロールを行うための補助となる観想であったり、チャクラを活性化するためのマントラであったりします。

また、タントラはミクロコスモス(心身)とマクロコスモス(世界)の照応関係を考えます。
ですから、身体の各部位、チャクラやナーディは、神話や自然・聖地・神々と象徴的な対応関係を持ちます。
そして、プラーナを操作する内的ヨガは、外的な宗教儀式と象徴的な対応関係を持ちます。

以上のように、タントラ的ハタ・ヨガの特徴には、個々のアーサナ(体位)ごとの、マルマ(部位)の活性化、プラーナ操作、イメージや音(マントラ)の動態化との連動があるわけです。

いくつか、例を挙げましょう。

うつ伏せに寝て、胸の横に両手を置き、息を吸いながら、上体を反らす「ブジャンガ・アーサナ(コブラのポーズ)」は、神話的にはアナンタ竜を象徴します。
コブラ=アナンタ竜は、同時に、背骨やスシュムナー管の象徴でもあり、クンダリニーの象徴でもあります。
アーサナにおいては、基本的には仙骨のマルマに集中します。

そして、マントラや観想を伴なう各チャクラへの集中を、呼吸とともに上から順を追って行います。
例えば、まず、頭立ちのアーサナを行いつつ頭頂のチャクラで「アー」、両手を拳にして重ねてその上に額を載せた休憩の姿勢を行いつつ眉間のチャクラで「ヤーン」、その後は部ジャンガ・アーサナを行いつつ喉のチャクラで「ハーン」、心臓のチャクラで「ヤーン」、腎臓部のチャンドらやスーリヤで「アーウーン」、臍下のチャクラで「ラーン」、下腹部のチャクラで「ヴァーン」、会陰部のチャクラで「ラーン」といった具体です。

背骨に対応させてサンスクリット33子音をマントラとして唱えたり、アーヤトリー・マントラの4音節を唱えたりする場合もあります。


次に、片足を立ててその足の方へ上体をねじる「マツェーンドラ・アーサナ(ねじりのポーズ)」は、乳海撹拌の神話を体で再現するものです。
「乳海」は会陰部チャクラにあるクンダリニー、「曼荼羅山」は中央のスシュムナー管や背骨、「アムリタ」は頭頂ないしは のチャクラから垂れる霊液に対応します。
アーサナにおいては、腎臓のマルマに集中し、ねじった方の脈管(イダかピンガラ)を閉じて、スシュムナーを通し、最終的にアムリタを得ます。
ちなみに、マツェ-ンドラはゴーラクシャナータのグルに当たる伝説的な人物です。


次に、ヴィンヤサ・ヨガでも基本となる「太陽礼拝」ですが、各アーサナが1年の各季節を象徴するという説があります。
ですから、各アーサナで、季節の象徴性を心身で体現します。
各アーサナでは、特定の部位(マルマ)への集中をします。

また、12のポーズに対して、12の太陽神を対応させ、それぞれのマントラを唱える方法もあります。
マントラは、「オーム 〇〇〇 ナマハ」で、「〇〇〇」のところに個々の太陽神の名前(呼びかけ)が入ります。
具体的には、スーリヤーヤ、ミトラーヤ、サヴィトレー、アーディティヤーヤ、マリーチャエーなどです。

ラージャ・ヨガ

「ラージャ・ヨガ」という言葉は、いろいろな意味で使われます。

ヴィヴェーカーナンダは、「カルマ・ヨガ」、「バクティ・ヨガ」、「ジュニャーナ・ヨガ」、「ハタ・ヨガ」をすべて含めて、ヨガの美称として使います。
シヴァナンダは、古典ヨガの意味で使い、「ハタ・ヨガ」は「ラージャ・ヨガ」への準備段階であるとします。
権威ある梵英辞典には、王様でもできる簡易なヨガとして、「ハタ・ヨガ」より下に置いているものもあるそうです。

本稿ではハタ・ヨガ系経典に記載されている「ラージャ・ヨガ」を紹介します。
ハタ・ヨガ系経典でも、「ハタ・ヨガ」は「ラージャ・ヨガ」への準備段階であると書かれています。
この「ラージャ・ヨガ」は、サマディの段階、特に真我と一体化する段階の瞑想法です。
しかしその方法は、古典ヨガの方法ではなく、プラーナのコントロールや特定の部位への集中や、ナーダ(秘音)への集中など、タントラ的なものです。
ですから、実際には、この「ラージャ・ヨガ」は「ハタ・ヨガ」の最終段階と言ってよいでしょう。

『ハタ・ヨガ・プラディーピカー』では、古典ヨガのような8支を立てません。
「プラティヤーハーラ(制感)」、「ダラーナ(凝念)」、「ディヤーナ(静慮)」、「サマディ(三昧)」も大きな支として立てません。
そのかわり、「ムドラー」や「ラージャ・ヨガ」を立てます。
これは、「アーサナ」や「プラーナーヤーマ」がサマディの段階まで関係していることからくるのでしょう。


まず、『ハタ・ヨガ・プラディーピカー』に書かれている「ラージャ・ヨガ」です。

「ラヤ」
:ブラフマランドラ(頭頂のチャクラ)にプラーナを閉じ込めて、心や対象を止滅させる。

「シャーンバヴィー・ムドラー」
:意識を心臓のチャクラに定め、視線は外界の下向きに向けてまばたきをせず、心をブラフマンの中に没入させる。

「ウンマニー・ムドラー」
:鼻先を見つめ、現れた光に意識を集中する。

「ケーチャリー・ムドラー」
:眉間のチャクラ(シヴァの座)に集中し、プラーナをスシュムナーに入れ、アムリタ(甘露・霊液)で全身を滋養する。

「虚空」
:虚空の中にアートマンを置き、アートマンの中に虚空を置き、無念無想にする。

「ナーダ・ウパーサナ(秘音観想法)」
:ムクタ・アーサナ(左右のかかとを性器の下で重ねる)で、耳、目、鼻、口を両手でふさぎ、右の耳でスシュムナーの音を聞く。
まず、心臓のチャクラの音が聞き、喉のチャクラ、眉間のチャクラ、頭頂のチャクラの音を聞く。


次に『ゲーランダ・サンヒター』書かれた「ラージャ・ヨガ」です。

「サマディ・ヨガ」の最後が「ラージャ・ヨガ」に当たります。
:眉間に集中した止息(マノームールチャ・クンバカ)の状態でアートマンに合一する。


最後に、『シヴァ・サンヒター』に書かれた「ラージャ・ヨガ」です。

:親指で両方の耳を閉じ、人差し指で両目を、中指で両鼻を、残りの指で口を閉じて、空気の出入りを止めると、光として真我が現れる。
:サハスラーラにいるシヴァ神に心(シャクティ)を合一させる観想を行い、そのチャクラからしたたるアムリタを飲む。
頭頂のチャクラを観想して、そこに虚空を思念する。

「究極のラージャ・ヨガ」
:ヴェーダーンタによって、ジーヴァ(アートマン)が独立自存であると知って、無念無相になる。


以上のように、基本的には、タントラ的な方法によって、心の作用を止滅させた状態(ラヤ)を達成するのが目的です。
『ヨーガ・スートラ』や古典的なバラモン哲学の影響を受けていると言えそうです。

しかし、アムリタによって全身を滋養するとか、ナーダ音をシャクティであるとするなど、心身の活性化を重視する側面も見えます。
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